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  14回目の1.17
2009.1.17
 今から14年前の1995年1月17日5時46分、この地を大きな地震が襲いました。
 そして月日をかけ街は綺麗に復興できましたが、我々の心にはその日のことが
 深く刻み込まれています。私自身も震災から数年は思い出すのも嫌で
 この日に流される追悼番組などを敢えて見ずに過ごしましたが、
 近年は時間の流れとは逆に震災に対する思いが強くなってきたような気がします。
 そして今朝も早起きをして追悼式典を伝えるテレビを見ながら同時刻に黙祷を捧げました。

 私は当時、大阪に住んでいて本当の揺れを体験していません。
 更に、当日大阪から必死で駆けつけたもののやっと到着した時は既に夜になっており
 直後の救援活動や人命救助に参加できなかったことを今でも悔やんでいます。
 弊社があり今は私の自宅もあるこの打出小槌町も甚大な被害を受けました。
 正確な数字は知りませんが感覚的には倒壊率30%以上だったように思います。
 そして私の知る限りでもこの小さな町の中でも数名の方が亡くなっています。
 実は当時の弊社の本社として使っていた建物も見るも無残に倒壊しました。
 まさに紺屋の白袴で恥ずかしい限りですが、木造の2階建てで1階がオフィススペースで
 柱スパンを飛ばし明らかな壁量不足だったためでしょう。
 (ちなみにお客様の家は一軒たりとも倒壊していませんのでお許しを!)
 今思えば私が当時座っていた辺りはぺしゃんこに押しつぶされた状態で
 もう少し発生時間が遅ければ私自身が犠牲者になっていたかも知れません。
 本当に偶然が生死を分け生かされたこの命を大切にしなければなりませんが
 その後の怒涛のような復旧活動の中ではそんなことを考える余裕もありませんでした。

 十数年たった今になってやっと震災の影と向き合うことができるようになりました。
 そして震災を経験し生きているものとしてしなければならないことを考え
 また建築に携わるものとしてもこの経験を生かしてこそ
 犠牲になられた多くの方の魂に報いることができるような気がします。
 
 改めまして、この震災によって亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

 
 今は綺麗なこの道にも当日は瓦礫が散乱していました。。。



  新年会
2009.1.13
 1月10日、弊社の協力業者を集めた新年会を行いました。
 ご存知のように工務店という組織は自社の社員が色んな工事を直接行うのではなく、
 多くの協力業者(専門工事会社)と協働で一つの建物を造っていきます。
 いわゆる元請・下請けという関係ですが、弊社の場合100社ほどの取引先があり
 この日は約50社、70名の関係者が一同に集まって盛大な新年会となりました。
 一昔前まではどこの工務店にもこのような業者会というものがあって
 非常に強い結束で組織が束ねられて、頻繁に会合やらイベントを行っていましたが
 時代の流れと共に下請けの世界も自由競争の色合いが強くなり
 弊社においても業者会は実質的に消滅しこの新年会もあくまでも越智工務店主催により
 日頃のご苦労をねぎらい、また本年の協力をお願いする為の会となりました。
 そしてその会の名前も「新春協力発展会」と銘打っています。

 

 特に今年は非常に厳しい世情の中、いつになく多くの業者さんの参加があり
 さながら大不況を乗り切っていくための決起集会のようでもありました。
 協力業者の皆さん、頑張って今年も一緒に良い建築を造っていきましょう!

 

 【おまけ】
 1月10日といえばご存知「十日えびす」の日。
 弊社も毎年近くの西宮戎に社員一同でお参りに行くのですが、
 今年は上記の新年会と重なった為、翌日「残り福」を頂きに行ってきました。
 さすがに「本えびす」比べると人出も少なくすいすいと境内まで行き、ゆっくり「商売繁盛」を祈願できました。

 


 
  謹賀新年
2009.1.5
 新年、あけまして おめでとうございます。
 旧年中は皆様に大変お世話になり有難うございました。

 越智工務店は本日より2009年の営業を開始しました。
 100年に一度の大不況といわれる中ですが、
 今年も元気に不況に挫けることなく頑張って良い建築を造り続けますので
 引き続きご愛顧をいただけますようお願い申し上げます。

 



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